非保護者
2008/05/05 (Mon) 18:16
どれほど温かく、手放したくない場所があっても、何時までも子供ではいられない。
大人になんかなりたくなくても、時間だけは誰の上にも平等に降り積もっていくから……
大人になんかなりたくなくても、時間だけは誰の上にも平等に降り積もっていくから……
![]() | 非保護者 (SHY NOVELS 203) (2008/04/26) 椎崎 夕 商品詳細を見る |
椎崎さんの小説は、セツナイ系が多いと思うのですが、この話はセツナイ部分も多いのですが、どちらかと言えば、わがままなお子様の成長過程を見るような楽しさがありました。
麻倉柾は、幼い頃ピアノの天才とも言われていたが、木から落ちて指をケガしピアノかは遠ざかって生きてきた。そんな柾も大学生になり、一人暮らしを始めてから怠惰な生活を送っていたが、そのせいで、お目付役と同居することになってしまう。
お目付役・瀬尾篤史は、幼い頃を守り役として過ごしてくれた誰よりも大切な存在だったが、それと同時に、その訳が自分の指にある──柾がケガした時、瀬尾が傍に居たのだ──と知ってからは誰よりも会いたくない存在になった。
とは言え不承不承ながらも瀬尾と暮らし始めた柾だが、生活態度はどちらかと言えば以前より悪くなった。毎夜遅くまで遊び回り、酒も煙草も止めたりしない。
しかし、柾の叔父である新見が瀬尾の行く末を考えて、柾から離そうと画策し始めた時、柾は自分の甘えや子供っぽさ、自分の本当に気持ち、瀬尾の時間を潰していくことの意味を考える。
そして、柾は瀬尾から離れることを決意し、速やかにそれを実行に移した。
そんな柾の行動に切れた瀬尾は、初めて仕事ではなく、自分自身の気持ちを優先して柾に対峙する。
できるだけ端折った内容は↑の如くですが、本当はもう少し色々な伏線などもあり、読みやすく、気が付いたら文章の中に入り込んでいて、尚かつ誰が読んでも判りやすい文章です。
ただ、その判りやすさが、ともすればザーッと読まれて、可もなく不可もなく的な感想を抱かせる事にもなりかねない反面をも持っていると思いました。
と、ここまでは文章(文体って言うのかな、詳しくは判らない…)自体への感想ですね(笑)。
最初に柾はわがままな子供だと、そして、この話はそんな柾の成長記的な話だと書いたんですが、実はもっと何ともならないお子様が、この話の中には存在します。
柾の母である、ピアニストの麻倉優理子、その人です。
成功する音楽家には変わり者とゲイしかいない、みたいなことを有名なピアノ奏者が昔言っていたのを思い出すほど、彼女には自分しかいない。どうして、柾の父親と結婚する気になったのか知りたいと思うほど、ピアノと自分が世界の中心。
彼女が大事なのはピアノを通しての世界だけだから、ピアノの天才とも騒がれた柾は大切だったけど、ピアノを弾けない只の柾はその他大勢の一部でしかないし、柾にピアノを弾けなくさせた瀬尾は奴隷のように自分たちに額ずいて当たり前の存在。
もし、なんて言葉は存在しないけど、でも、もし。
もし優理子が普通の、何処にでも居る普通の母と同じような人だったら、柾は瀬尾にべったりと依存するような幼年期は送らなかっただろうし、瀬尾の心も禁忌と知りながら柾に傾くこともなかったんじゃないかと思います。その意味で、この話のキーパーソンとなっているのもこの母親。
どうしてもBL要素を睨んで読むので、瀬尾からの独立ばかりが目につく柾の成長だけど、実は母親・優理子からの訣別も含んだ、本当の意味での大人へのステップを画いているのだと思いました。
まあ、見方を変えれば、こういう母親の存在が出てくること自体、BLだから、なのかもしれないなとも思うんですが。
柾は確かに子供です。
自分で、いかに自分の行動が子供か判っていながら、それを止められないような子供です。
でも、その子供っぽさ故にか、潔いです。
自分がしてきたことに対して、償うと決めたら、それまで瀬尾が自分に対して費やしてくれる色々なものに慰められてきたのに、瀬尾の中からザックリと自分の存在を全て抉り取って消してしまってかまわない。いえ、間違いですね。削り取って無かったことにしなければならない、そうしなければ、自分が迷うに決まっている、という強制観念みたいなものに囚われています。
……そんなに、瀬尾が好きか、柾?
と、訊いてみたくなるほど、柾の瀬尾に対する気持ちはセツナイです。
好きで好きで好きで、でも、だからこそ、自分が相手に背負わせたマイナスが痛い。
傍に居たかったから気が付かないふりをしていたけれど、気が付いてしまえば、そんな自分の身勝手さや、子供っぽさを気づかないふりをし続けるには限界があって。
柾は遅ればせながら、自分の痛みを顧みず、瀬尾のために大人になろうとします。
その時点で、柾はまず一歩成長したんだと、私は思いました。
対する瀬尾の気持ちは、本編では滲むようにしか見えないんですが、でも、多分、少し鋭い人なら端から見ていてもその気持ちが判る程度には、瀬尾もポーカーフェイスじゃないと思うんですが、相手が柾だから、そんな気持ちが判らなかったのかも。
現に、柾の叔父・新見は瀬尾自身が気が付く前から、瀬尾の柾へ想いに気が付いてますし、柾にちょっかいをかけようとした男・フジタですら、一悶着の祭には気が付いたんじゃないかと。
そんな瀬尾の心情は、短編「恋人の距離で」に書かれているのですが、そちらを読むと、始終ポーカーフェイスを貫き通しているような瀬尾が、実は柾に関しては結構狭量で嫉妬深かったり短気だったり、見栄を張っていたりすることが判って面白いです。
しかし、柾の叔父の新見。
彼はいったいどんな人なんでしょう?
柾と瀬尾のこと、いったいどこまで判っていて、どう考えているんでしょう?
本編以上に気になってます。
イヤ、多分、瀬尾はムチャクチャ警戒してると思うんだけど……ね。
麻倉柾は、幼い頃ピアノの天才とも言われていたが、木から落ちて指をケガしピアノかは遠ざかって生きてきた。そんな柾も大学生になり、一人暮らしを始めてから怠惰な生活を送っていたが、そのせいで、お目付役と同居することになってしまう。
お目付役・瀬尾篤史は、幼い頃を守り役として過ごしてくれた誰よりも大切な存在だったが、それと同時に、その訳が自分の指にある──柾がケガした時、瀬尾が傍に居たのだ──と知ってからは誰よりも会いたくない存在になった。
とは言え不承不承ながらも瀬尾と暮らし始めた柾だが、生活態度はどちらかと言えば以前より悪くなった。毎夜遅くまで遊び回り、酒も煙草も止めたりしない。
しかし、柾の叔父である新見が瀬尾の行く末を考えて、柾から離そうと画策し始めた時、柾は自分の甘えや子供っぽさ、自分の本当に気持ち、瀬尾の時間を潰していくことの意味を考える。
そして、柾は瀬尾から離れることを決意し、速やかにそれを実行に移した。
そんな柾の行動に切れた瀬尾は、初めて仕事ではなく、自分自身の気持ちを優先して柾に対峙する。
できるだけ端折った内容は↑の如くですが、本当はもう少し色々な伏線などもあり、読みやすく、気が付いたら文章の中に入り込んでいて、尚かつ誰が読んでも判りやすい文章です。
ただ、その判りやすさが、ともすればザーッと読まれて、可もなく不可もなく的な感想を抱かせる事にもなりかねない反面をも持っていると思いました。
と、ここまでは文章(文体って言うのかな、詳しくは判らない…)自体への感想ですね(笑)。
最初に柾はわがままな子供だと、そして、この話はそんな柾の成長記的な話だと書いたんですが、実はもっと何ともならないお子様が、この話の中には存在します。
柾の母である、ピアニストの麻倉優理子、その人です。
成功する音楽家には変わり者とゲイしかいない、みたいなことを有名なピアノ奏者が昔言っていたのを思い出すほど、彼女には自分しかいない。どうして、柾の父親と結婚する気になったのか知りたいと思うほど、ピアノと自分が世界の中心。
彼女が大事なのはピアノを通しての世界だけだから、ピアノの天才とも騒がれた柾は大切だったけど、ピアノを弾けない只の柾はその他大勢の一部でしかないし、柾にピアノを弾けなくさせた瀬尾は奴隷のように自分たちに額ずいて当たり前の存在。
もし、なんて言葉は存在しないけど、でも、もし。
もし優理子が普通の、何処にでも居る普通の母と同じような人だったら、柾は瀬尾にべったりと依存するような幼年期は送らなかっただろうし、瀬尾の心も禁忌と知りながら柾に傾くこともなかったんじゃないかと思います。その意味で、この話のキーパーソンとなっているのもこの母親。
どうしてもBL要素を睨んで読むので、瀬尾からの独立ばかりが目につく柾の成長だけど、実は母親・優理子からの訣別も含んだ、本当の意味での大人へのステップを画いているのだと思いました。
まあ、見方を変えれば、こういう母親の存在が出てくること自体、BLだから、なのかもしれないなとも思うんですが。
柾は確かに子供です。
自分で、いかに自分の行動が子供か判っていながら、それを止められないような子供です。
でも、その子供っぽさ故にか、潔いです。
自分がしてきたことに対して、償うと決めたら、それまで瀬尾が自分に対して費やしてくれる色々なものに慰められてきたのに、瀬尾の中からザックリと自分の存在を全て抉り取って消してしまってかまわない。いえ、間違いですね。削り取って無かったことにしなければならない、そうしなければ、自分が迷うに決まっている、という強制観念みたいなものに囚われています。
……そんなに、瀬尾が好きか、柾?
と、訊いてみたくなるほど、柾の瀬尾に対する気持ちはセツナイです。
好きで好きで好きで、でも、だからこそ、自分が相手に背負わせたマイナスが痛い。
傍に居たかったから気が付かないふりをしていたけれど、気が付いてしまえば、そんな自分の身勝手さや、子供っぽさを気づかないふりをし続けるには限界があって。
柾は遅ればせながら、自分の痛みを顧みず、瀬尾のために大人になろうとします。
その時点で、柾はまず一歩成長したんだと、私は思いました。
対する瀬尾の気持ちは、本編では滲むようにしか見えないんですが、でも、多分、少し鋭い人なら端から見ていてもその気持ちが判る程度には、瀬尾もポーカーフェイスじゃないと思うんですが、相手が柾だから、そんな気持ちが判らなかったのかも。
現に、柾の叔父・新見は瀬尾自身が気が付く前から、瀬尾の柾へ想いに気が付いてますし、柾にちょっかいをかけようとした男・フジタですら、一悶着の祭には気が付いたんじゃないかと。
そんな瀬尾の心情は、短編「恋人の距離で」に書かれているのですが、そちらを読むと、始終ポーカーフェイスを貫き通しているような瀬尾が、実は柾に関しては結構狭量で嫉妬深かったり短気だったり、見栄を張っていたりすることが判って面白いです。
しかし、柾の叔父の新見。
彼はいったいどんな人なんでしょう?
柾と瀬尾のこと、いったいどこまで判っていて、どう考えているんでしょう?
本編以上に気になってます。
イヤ、多分、瀬尾はムチャクチャ警戒してると思うんだけど……ね。

